大きな山の遺跡 / Prasat Phnom Rung 
: 訪問日 α、22Jul2005、13Aug2006、21Oct2006


























この遺跡は、Buriram県のA.Nang RongのBan Tapekにある。
Phnom Rungと言う死火山の頂上にある。

Phnom Rungとは、大きな山を意味する。
シヴァ神の住処、カイラーサ山を模している。
よって、この遺跡は、シヴァ神が祀られた遺跡である。


駐車場に車を置き、お土産屋の通りを抜け、登りの階段を登って行くと、左手に遺跡の案内場がある。

案内場内には、Phnom Rung山の周辺模型(右の写真)があった。
写真の
丸印のところが、Prasat Phnom Rung。
山の向こうは、西。手前は、東。

Phnom Rung山を東に下ると、大きなバライがある。














上部写真の丸印の辺りの拡大図。
右写真の下側が東。

よって、遺跡は、東向き。
また、遺跡の北側にいくつかバライがあるが、その昔は、火口であった。























案内場を出て、更に登って行くと、道の脇には、ヨニが置いてあった。

















最初の登りの階段を登り詰めると、前方に祠堂が見える。

















更に進むと、下りの階段があり、祠堂に向け長い参道が見える。






















参道へ下りる手前の右側(北側)には、プラップラと言う建物がある。










これがプラップラ(Plab Pla Plueang Khrueng)。
White Elephant Hallと言う意味らしい。

ここが、国王、及び、その随行者が、礼拝前に服を着かえた控えの場所だったと言うことだ。















基壇の3方(東、北、西)が、回廊で囲われている。






































回廊の上部には、ナーガのレリーフがあった。



















祠堂へ向かう参道。
参道の両側には、上部が蓮の花の蕾の形になっている境界石34本 が立っている。

注:
この34本と言う数字、昔のパンフレットには、34本と確かに記載があるが、2009年12月に訪問した時のパンフレットには70本と記載あり。
そして、「地球の歩き方」にも、70基とある。
しかし、Michael Freemanの「KHMER TEMPLES IN THAILAND & LAOS」の本には、67とあり、何が正しいのか?自分で数えるしかない。








その境界石。


















参道を突き当たると、最初のナーガのブリッジがある。
参道右側(北側)のナーガ。





















左側(南側)のナーガ。






















最初のナーガのブリッジの中央には、8枚の花びらの蓮の花のレリーフがある。
レリーフは、見分けが難しい。

8枚の花びらは、ヒンドゥー教の8つの方向の神を意味する。














そして祠堂へ登って行く階段がある。


















階段両脇の基壇には、柱の跡?


















階段を登って振り返ると、最初のナーガのブリッジが見え、
その向こうに参道が見える。





















階段を登りきって、眺める景色。(南側の景色)


















祠堂方向を東正面から見る。
祠堂は、回廊で囲われている。


















東塔門の手前には、沐浴用の聖池が4つある。


















東塔門の前には、2番目のナーガのブリッジがある。


















東塔門の破風には、苦行するシヴァ神のレリーフ。
Phnom Rungのパンフレットには、病人を治療するシヴァ神と説明有り。見ても私には判別不能。







まぐさには、カーラに乗る神のレリーフ。
下の写真は、その拡大写真。
























東塔門の北側の入口上の破風。
ラーマヤナ物語の一場面と言う事だ。

















回廊の偽扉上のまぐさ石。


















回廊のピラスターのレリーフ。




































































東塔門の内部には、ヨニがあった。

塔門は、平面図で見ると、十字形状になっている。
また回廊と書いたが、実際は、壁で区切られており、一周する事はできない。



















塔門内部から屋根を見る。
せり出し積み構造の屋根だ。





















東塔門を抜けると、正面に主祠堂の拝殿の東入口が見える。
東塔門と拝殿の間の狭いスペースに、3番目のナーガのブリッジがある。

入口の前には、2体の像があったが、今は足首から下のみ。

また、入口下には、3つの蓮の花のレリーフがあった。











何の像だったのか?
足首から下しか残って無い。
















拝殿の東正面入り口。
破風は、Siva Nataraja。踊りの王シヴァ神だ。

また、まぐさ石は、蛇王アナンタの上に横たわるヴィシュヌ神。

















破風のSiva Nataraja。踊るシヴァ神のレリーフ。















蛇王アナンタの上に横たわるヴィシュヌ神のレリーフ。

このレリーフは、アメリカから国を上げての返還運動で、返還を勝ち取った事で有名だ。











拝殿の東端。
北東から見たところ。





















拝殿の東入口のピラスターのレリーフ。

これは何の場面か?女性の左には苦行者が何かを?
更にひざまづいた人が水瓶のような物を差し出しているが、女性は要らないと言っているようにも見える。


















拝殿の更に西側には、主祠堂がある。





















拝殿の東正面入口を入ると、レリーフが施された砂岩のブロックがあった。
 

聖象アイラーヴァタに乗るインドラ神。
手には、インドラ神の武器の金剛杵(ヴァジュラ)。

天空の神であると同時に、後世には東方を守る守護神にもなった。












拝殿内部のまぐさ石。

















拝殿内部には、シヴァ神の乗り物の聖牛ナンディンがあった。




































主祠堂内部のまぐさ石。





































主祠堂の直下には、男根を模したリンガが、その下には、女性器を模したヨニがあった。

南側からリンガ越しに北側入口方向を見る。



















リンガの北側には、窪みがあり、説明板には、Somasutraとある。
Somasutraとは、リンガに注がれたSoma酒と言う聖水を祠堂外へ排水する為の設備だ。





















更に北側、祠堂外部に、聖水を流す排水溝(Somasutra)があった。
上部写真の窪みから、この排水溝まで、どのように聖水が流れていくのか不明。

主祠堂の北側入口には、方位神のレリーフのあるブロックが置いてある。


















その排水溝を外から見たところ。























主祠堂の北側の入口にあったブロック。

このレリーフは、「Kuvera on a Gajasimha, in the North」と説明にある。


ガジャシンハに乗るクヴェーラ神。
クヴェーラ神は、財宝を司る神。北方の守護神でもある。

ガジャシンハは、象の頭を持つライオンで、想像上の動物。










主祠堂の西側の入口にあったブロック。

このレリーフは、「Varuna on a Naga, in the West」と説明にある。

ナーガに乗るヴァルナ神。
司法神。また、水の神、水天であると共に、西方を守護する神。











このブロックは、どこにあったか覚えてない。
拝殿内部にあったと思う。

聖鳥ハンサに乗るブラフマー神。宇宙の創造神。
4面の顔を持つ。手に持っているのは、水壺?

ブラフマー神は、人気が無いとは言え、方位の守護神にまで地位は落ちてないが、各入口に置かれていたブロックが、なぜあるのか?

説明には、「Brahma on a hamsa, in above」とあり、
このin aboveとは、上方、すなわち、宇宙の守護を意味するのか?












 
主祠堂の東側の拝殿を、南側から見たところ。


















主祠堂を南東側から見たところ。
主祠堂の右の建物が拝殿。
更に右端のラテライトの建物の一部は、南東の経蔵。

















拝殿の南側の入口のピラスター。
レリーフが残っている。





















反対のピラスター下部のシンハのレリーフ。





















拝殿の南側入口上の破風。
下の破風には、聖牛ナンディンのレリーフ。






















拝殿の南側入口上の上の破風。


















その拡大写真。

削り取られているが、シヴァ神とウマーが乗っていたのではないかと思う。















主祠堂の南東角。






この写真の下端中央部に、主祠堂の南東の際に置いてあったブロックの一部が写っている。











これが、そのブロック。

このレリーフは、「Agni on a Rhinoceros, in the Southeast」と説明にある。

サイに乗るアグニ神。
アグニ神は、火の神で、南東の守護神でもある。

















拝殿の南側入口の西側の破風とまぐさ石。



















主祠堂の南側。























主祠堂の南側の屋蓋。























上の写真の中央部拡大写真。

軒鼻飾りにはナンディン牛に乗ったシヴァ神。

また屋蓋の装飾枠の中には、象による戦闘シーンのレリーフがある。

これは、この遺跡を立てたMahindharapura家のNarendraditya王が、クメール帝国の王Suryavaruman 2世の為に戦ったシーンかもしれない。











その主祠堂の南側の入口上部のまぐさ石。


















主祠堂の南側の入口。























主祠堂の南側入口の付柱下のレリーフ。























拝殿の北側入口のすぐ西隣の破風とまぐさ石。








まぐさ石の拡大写真(下の写真)。
クリシュナが象(左側)とシンハ(右側)を退治している場面。

























破風は、ラーマヤナ物語の一場面「魔王ラーヴァナに誘拐されるシータ姫」のレリーフ。
















拝殿の北側入口上部。
まぐさ石は、既に無くなっている。





















その破風。
ラーマヤナ物語の戦いの場面と言う事だが、
破損が激しい。















主祠堂を、北東から見る。























主祠堂の東側破風は、拝殿の屋根で見えにくいが、
ゴーヴァルダナ山を持ち上げるクリシュナのレリーフがあった。





















そのクリシュナを反対側(南側)から見る。

















主祠堂の北側の破風。


















主祠堂の北側の一番下の破風。 

ラーマヤナ物語の一場面と言う事だが、どの場面かは
不明。
猿の群れのレリーフ。














そして、その破風の上の破風と、更にその上の破風。


















主祠堂を西側から見たところ。






















主祠堂の西側入口上部の破風。
ラーマヤナ物語の一場面「猿達に運ばれるシータ姫」。
















南西から主祠堂を見る。






















南西から主祠堂を見る。






















回廊内部の北東の遺構。


















回廊内部の北東隅から、北側の回廊を眺める。


















回廊内部の南東隅の経蔵。
ドアフレーム部を除いて、ラテライトでできている。
















 
回廊内部の南東隅から、主祠堂方向を見る。
みぎに見えているのは、経蔵の南側の壁。


















回廊内部の南西隅には、Prang Noiと言う建物がある。

Michael Freeman著の「KHMER TEMPLES IN THAILAND & LAOS」の本の中で、この建物の屋蓋構造の跡は、見つかって無く、最初から完成してなかったのかもしれないとある。

建物が完成した後、レリーフを施すと思っていたが、こう言う例もあるのかもしれない。















そのPrang Noiの東側の破風とまぐさ石。


















そのまぐさ石の拡大写真。



















Prang Noiの南側の破風と、まぐさ石。
扉は、偽扉だ。






















そのまぐさ石の拡大写真。


















Prang Noiの西側の破風と、まぐさ石。
























西塔門の窓。

















西塔門を出て、西側少し南よりから主祠堂方向を
見る。

















西塔門から、まっすぐ西の端まで歩くと、シンハのテラスがある。

右写真は、シンハのテラスを下りて、遺跡を西側から
見たところ。














そのシンハ。






















山の西の端から、眺めた景色。


















回廊の外壁に沿って、北西角まで歩き、祠堂を見たところ。

















祠堂を回廊外の北東から見たところ。


















遺跡の北側には、バライ(貯水池)があった。

死火山の火口湖に、手を加えバライになっている。



































参道から、まっすぐバライに向け道が伸びている。
貯水池の役目だけでなく、祈りの場でもあったのかもしれない。また祠堂での礼拝前の沐浴にも使用されたのではなかろうか。















基壇に上がる踏み石も、美しく装飾が施されている。
また基壇も繰型模様で装飾されている。

















ナーガのブリッジで、疲れ果てて一休み。























Michael Freeman著の「KHMER TEMPLES IN THAILAND & LAOS」の中で
「Mandpa(拝殿)へ入る時、後世追加された階段を1mくらい下りる。おそらく、木のフロアや、木の天井があったのでは。」とある。
私は、「Mandpa内のフロアが、低い。」と言う記憶はない。
当時あった木のフロアや、木の天井が、今は無くなってしまっているとしたら残念だ。

もしも、次回、再訪する機会があれば、木の構造物があった痕跡を、自分の目で確認をしてみたい。


と言う事で再訪をしてきました。
再訪記を読みたい方は、「Prasat Phnom Rung / 大きな山の遺跡 第2弾」へどうぞ!

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