江波漕伝馬 川上り: 28Jul2018


厳島神社の管弦祭は、毎年、旧暦の6月17日に行われ、
その管弦祭の御座船を、江波の漕伝馬と、呉の阿賀の船と一緒に曳きます。

そして、その管弦祭の前日には、本川を伝馬銭で上り、
両替商で穀物問屋の森川家へ挨拶に向かい、
森川家の歓待を受けた翌朝、宮島に出発していました。

現在の川上りは、広島市中区の江波港を出発し、本川を登り、
かつて、森川家の屋敷のあった本川橋西詰へ、その後、元安川に移り、原爆ドーム前へ
そして、空鞘稲生神社へお参りします。

2018年の管弦祭が予定されている7月29日は、
台風12号が、めずらしく本州を東から西へ横断する経路で、広島を通過する予報が出ており、
予定通り管弦祭が行われるか危ぶまれる中、
管弦祭の前日、7月28日は快晴です。

管弦祭前日に行われる江波漕伝馬の川上りを見に出かけました。


紙屋町交差点を西へ、
原爆ドーム前を通って、
相生橋へ向かいます。

木の陰になってますが、原爆ドームです。










原爆ドームの北側を西へ、
相生橋へ向かいます。













相生橋の上から、
本川が二本に分かれた一方の元安川を
見たところ。

左岸には原爆ドームが見え、
右岸は平和記念公園です。

川にはリバークルーズ船が走っています。







この写真ではわかりませんが、
相生橋は、本川が元安川と二本の川に
分岐するすぐ上流に架かる橋で、
橋の中央部から平和記念公園北端へ
橋桁を伸ばしたT字型の橋です。










元安川左岸の原爆ドームです。














江波の漕伝馬船が遡上して来るには、
少し時間があるので、
本川の右岸上流にある空鞘稲生神社へ
行ってみます。

道路の向こうが空鞘稲生神社です。









道路を渡り、空鞘稲生神社の南東角から、
玉垣に沿って北を見たところ。


















空鞘稲生神社を東側、正面から見たところ。

毛利輝元が広島城の築城を決めた時には、
空鞘大明神と、彦山明神(現在の幸い神社)の2社が
既にあり、天文年間(1532-55)の創建と伝えられています。















空鞘稲生神社の北東角です。

空鞘の名は、
社頭の松の大木に
刀の鞘のみが掛っていた事から、
その社名になったと伝えらえています。









空鞘稲生神社を東正面から見たところ。

祭神は、
宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、
宇氣母智神(うけもちのかみ)、
和久産巣日神(わくむすひのかみ)の
三柱です。

三柱は、五穀の神様と言う事です。






東正面の鳥居をくぐります。

参道の先には、空鞘稲生神社の本社が見えます。

















参道の右手には、手前から
赤い鳥居の稲生神社、
石鳥居の幸神社、恵美須神社が
並んでいます。











赤い鳥居の稲生神社の手間にあった
参道右側の狛犬です。


















参道左側の狛犬です。



















参道右側の狛犬です。

参道左側の狛犬に比較して、
かなり劣化が進んでいます。
















その狛犬の先、右手に
赤い鳥居が並んだ稲生神社があります。

おいなりさんの愛称で呼ばれています。
















赤い鳥居をくぐると、社があります。

祭神は、宇迦之御魂神、大歳神です。












稲生神社の先、右手にある幸神社です。

祭神は、猿田彦大神です。

創建は、天文年間で、彦山神社と称してましたが、
明治になり幸神社と改称しています。














そして、幸神社の先、右手には、恵美須神社があります。

祭神は、事代主神、大地主神です。

















更に、その先に
空鞘稲生神社の本社があります。













空鞘稲生神社の本社です。














空鞘稲生神社を出て、
本川の左岸の土手から、下流を見たところ。

正面の橋は、相生橋で、
その向こうに、原爆ドームが見えます。










本川の左岸に沿って南へ、
相生通りを南に渡り進むと、本川小学校があります。

その本川小学校の正門の横にあった手水鉢です。
















この手水鉢は、現在の原爆ドーム、
旧産業奨励館の近くの民家にあった手水鉢です。

原爆で民家の人は無くなりましたが、
手水鉢は黒焦げになりながらも残りました。














その本川小学校の正門脇に咲いていた夾竹桃です。

夾竹桃は、原爆により、
75年間は草木も生えないと言われた焦土に、
いち早く咲き、広島の人に希望と勇気を与えてくれた花で、
広島の市の花に指定されています。

6月から9月頃まで見る事ができる身近な花ですが、
花や葉、根には毒性があり、口にする事はできません。











本川の下流から、太鼓の音が聞こえ、
次第に大きくなってきます。

やがて、江波の漕伝馬が、
本川を遡上してきました。










漕伝馬の後尾付近には、
四斗樽の上に立つ台振りが、
太鼓に合わせて采を振っています。












本川橋を過ぎると、
かつて、本川橋西詰めにあった
森川家にあいさつの為、
反時計回りに漕伝馬を三回廻します。











漕伝馬を三回廻しています。














漕伝馬の向こうには、
本川橋が見えます。













三回廻す漕伝馬です。














船尾には、
太鼓に合わせて采を振る台振りが
見えます。












漕ぎ手は、赤い格子のそろいの法被と
菅笠を着けてます。













船尾には、世話役の人達が
乗り込んでいます。













本川に架かる相生橋から、
本川下流の本川橋方向を見たところ。

川には、船を三回廻している漕伝馬が
見えます。






























船を三回廻し終えると、
次は、本川を上り、元安川へ移り、
原爆ドーム前に向かいます。












本川を遡上する漕伝馬です。














漕伝馬の中央にたてられた柱には、
玉串でしょうか?結びつけられています。













本川の左岸は、平和記念公園です。














平和記念公園内には、
平和の時計塔がたっているのが
見えます。












平和の時計塔は、
世界人類を象徴した直径2mの球体が、
平和都市ヒロシマの市民の深い祈りの手と、
苦難を越え、無限に伸びていく
平和の希望を表した
高さ20mの鉄塔3本に
支えられています。








本川を遡上する漕伝馬です。





























本川は、平和記念公園の北端で、
本川と元安川に分岐します。

漕伝馬は、
その平和記念公園の北端を廻って、
元安川へ向かいます。









相生橋は、
平和記念公園の北側に架かる相生橋の
橋の中央から平和記念公園北端へ
橋桁を伸ばしたT字型の橋で、
漕伝馬は、その下をくぐって、
元安川に向かいます。









漕伝馬にたてられた柱は、
橋桁に当たらないように、
タイミング良く倒して、
橋をくぐって行きます。











橋をくぐる漕伝馬です。














元安川に入り、
原爆ドーム前に向かいます。













相生橋から、
漕伝馬、原爆ドームを見たところ。













原爆ドーム前で、
半時計回りに漕伝馬を3回廻します。























































































1回廻って、2回目に入ります。








































































































2回廻り、3回目に入ります。

























































































3回廻りました。














3回廻り、原爆ドームの対岸、
平和記念公園の東側、親水テラスへ
漕伝馬を寄せます。












親水テラスの雁木に、漕伝馬を着けます。














親水テラスの雁木に、漕伝馬を着け、
休憩です。




























休憩中の漕伝馬です。





























三度笠に、赤い格子の法被が目立ちます。












































暑い夏、公園の木で、
セミが鳴いていました。













親水テラスへ着けた漕伝馬を見たところ。



















休憩を終え、親水テラスを離れます。

漕伝馬の向こうに見える橋は、元安橋です。












親水テラスを離れる漕伝馬です。














漕伝馬は、くるっと向きを変えます。





























向きを変え、更に上流を目指します。





























原爆ドームの前を、上流に向け進みます。



























































原爆ドームの前を
上流に向け進む漕伝馬です。




























相生橋の上から、漕伝馬を見たところ。





























漕伝馬が、上流に向け進んできます。







































相生橋から本川の左岸、東側の土手へ移動し、
相生橋の下を上流に向け抜けてくる
漕伝馬を見たところ。












相生橋の下を抜け、
上流へ向け進む漕伝馬です。




























漕伝馬は、空鞘稲生神社へ向かい進みます。





























空鞘稲生神社前の川岸に階段があり、
漕伝馬を寄せて行きます。













空鞘稲生神社前の川岸に、船を停めます。














空鞘稲生神社前の川岸の階段の上に、
空鞘稲生神社の神主の姿が見えます。













空鞘稲生神社の神主の姿が見えます。





























漕ぎ手が立ち上がり、船を下りています。














船を下りて、階段を上がり、
空鞘稲生神社へ向かいます。













そして、空鞘稲荷神社へお参りします。














頭を下げ、お祓いを受けます。





























参拝を終え、参道を向いて、記念撮影です。














記念撮影中です。














参拝を終え、漕伝馬へ戻り、乗り込みます。














神主さんが、船の横まで、
見送りに来ています。













漕伝馬は岸を離れ、
反時計回りに3回廻ります。









































































1回廻り、2回目に入ります。





























神主さん、神職の方、地域の方が、
土手の上で見守ります。











































2回廻り、3回目に入ります。














3回廻り終え、川を下ります。





























川を下り、江波へ戻って行きます。














相生橋の下へ向かって行きます。





























相生橋の下をくぐります。

その横を、
ひろしまリバークルーズの遊覧船が
すれ違います。










相生橋の下をくぐる漕伝馬です。





























相生橋の下をくぐり抜け、
江波へ向け下って行きます。




























相生橋から、
一つ下流に架かる本川橋に向け、
下って行きます。










































漕伝馬は、本川を下り、
江波に戻って行きます。













漕伝馬を見送った後、
相生橋の下の歩道を通って、原爆ドームへ寄ってみます。


















原爆ドームの横を通って、
南から見たところ。













原爆ドームの周りを回って、
家路につきました。

家に帰ると、
7月29日に行われる予定だった管弦祭は、
台風12号の接近で、
106年ぶりの中止が発表されていました。

7月の初めに西日本豪雨で大きな被害が
発生したばかりで、
台風で追い打ちをかけるように
被害が発生しない事を祈るばかりです。




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