厳島神社の桃花祭で舞楽が奉納されます。
その舞楽を見に出かけて来ました。
宮島口からフェリーで宮島へ向かいます。
フェリーから見た牡蠣筏です。
前方に宮島の
弥山、駒ヶ林
が見えます。
宮島のシンボル、赤い大鳥居も見えます。
そして、その東へ目を移せば、黒い大屋根の
豊国神社、通称、千畳閣と五重塔が見えます。
フェリーが宮島桟橋へ着き、厳島神社へ向かいます。
宮島表参道商店街を厳島神社へ向け、
進みます。
宮島表参道商店街にあった
日本一の大しゃもじです。
長さ7.7m、最大幅2.7m、重さ2.5t
あります。
樹齢270年のケヤキが
使用されています。
宮島表参道商店街です。
宮島表参道商店街を抜けると、
厳島神社参道の石鳥居があります。
その石鳥居です。
そして、参道を進んで行くと、
宮島のシンボル、海の中に立つ大鳥居が
見えてきます。
この時間は干潮で、観光客が鳥居まで
歩いて渡っています。
海岸沿いの参道から、
厳島神社を見たところ。
桃花祭の舞楽奉納の為、
右楽房、左楽房へ幕が張られています。
正面、左側の建物が昇殿受付です。
ここで初穂料を納めて、中へ入ります。
この日は、東廻廊の修繕工事が
行なわれていました。
東廻廊入口は、中に入れなくなっており、
入口横に迂回路が設置されています。
昇殿受付の手前、左側には、
神馬舎があります。
かつて神社に馬が奉納されていましたが、
今では白い木製の馬が置かれています。
東廻廊入口横の修繕迂回路から、
高舞台方向を見たところ。
白赤黄緑の幕が張られている建物は、
右楽房です。
客社神社 祓殿の祓い所です。
東廻廊へ入って、すぐ右側(西側)にあります。
そして、
東廻廊を挟んで反対側、左側(東側)には、
客社神社の拝殿、その奥には本殿があります。
客社神社の祓殿を通して、
高舞台の方を見たところ。
客社神社を過ぎ、東廻廊の東側には、
干潮の時にのみ現れる鏡の池があります。
東廻廊を朝座屋の前まで行き、
先ほど見た鏡の池の方向、
そして、その向こう、千畳閣と五重塔を
見たところ。
右は、朝座屋です。
東廻廊(右側)の南側にも鏡の池が
あります。
正面は本社本殿です。
その鏡の池の中に
卒塔婆石と呼ばれる石があります。
1177年、平家打倒の密議に参加した
藤原成親や僧俊寛らと共に、
鬼界ヶ島へ流された平康頼が、
京に住む老母を偲び
2首の歌を千本の卒塔婆に書いて流し、
その内の一本が、この石へ流れ着いたと
伝えられています。
この話が参拝に来ていた僧によって
京に伝えられ、康頼は赦免されたと
言われています。
康頼灯篭です。
赦免された康頼が神恩を感謝して奉納した物です。
宮島島内に残る最古の灯篭と言う事です。
揚水橋です。
橋の中ほどに
「桟の間」と呼ばれる出っ張りがあって、
ここから潮を汲み上げる儀式があった
と言う事です。
揚水橋です。
東廻廊から本社拝殿へ向け架けられた
内侍橋(ないしばし)です。
厳島神社へお仕えする巫女を内侍と言い、
昔は内侍がこの橋を渡り、
神饌をお供えしていたと言われています。
内侍橋の袂から南、本社本殿を見たところ。
東廻廊です。
本社祓殿へ続いています。
平舞台方向を見たところ。
右側の建物は、右楽房です。
先ほどの内侍橋を北側から見たところ。
左側が東廻廊です。
右側が本社拝殿です。
右側が本社祓殿です。
左側が本社拝殿です。
拝殿へお参りする為の手水鉢が見えます。
その手水鉢の近くから、
来た方向をふり返ったところ。
祓殿の正面から奥、拝殿、本殿の方を
見たところ。
祓殿の前から、高舞台の東側の狛犬を
見たところ。
高舞台の東側の狛犬です。
東側の狛犬は口を閉じた吽形で、
股間を見ると性別を識別できます。
この狛犬は雌です。
高舞台の前、平舞台から海へ突き出た
火焼前(ひたさき)、その向こうの大鳥居を
見たところ。
平舞台から、高舞台、本社祓殿を見たところ。
西から高舞台、本社祓殿を見たところ。
高舞台の横から南西を見たところ。
左側の建物が能舞台で、
右側の建物が鏡の間です。
翌日は、ここで御神能が奉納されます。
鏡の間から能舞台をつなぐ橋懸りの裏には、
御神能奉納の為の渡廊が設置されています。
高舞台の西側の狛犬です。
この狛犬は、口を開けた阿形で、
股間を見ると、雄とわかります。
右側が能舞台です。
左側の西廻廊に沿って、
白いテント屋根の観客席、
見所が設置されています。
本社拝殿横の西廻廊に沿って進むと、
たくさんの酒樽が奉納されていました。
大国神社の前から
本社拝殿方向を見たところ。
大国神社です。
大国神社の御祭神 大国主命は、
本社御祭神の宗像三女神のひとり、
田心姫命と結婚しており、
本社本殿に近い場所に祀られています。
西廻廊から能舞台方向を見たところ。
能舞台です。
本社拝殿前にもどります。
本社拝殿前から祓殿を通して、
高舞台、その向こうの大鳥居を見たところ。
高舞台です。
舞楽奉納の為にマットが敷かれています。
そして、祓殿と高舞台の間には、
舞楽鑑賞の為の椅子が並べられました。
席を確保し、舞楽の開始を待ちます。
確保した席から、
南西方向の山肌に多宝塔が見えます。
しかし、雲行きが怪しくなり、
雨粒が落ちてきました。
よって、雨の為、急遽、
舞楽が行われる場所が、
祓殿に変更になりました。
高舞台の前に席をとったのに
残念です。
祓殿です。
舞楽の為にマットが敷かれました。
蝋燭で灯りがともされます。
灯りをともして回ります。
桃の花が入ってきました。
桃の花です。
桃の花。
舞楽が始まります。
最初の演目は、振鉾(えんぶ)です。
舞楽の最初に舞われ、
天地の神と祖先の神に祈りを捧げ、
舞台を清めると言う儀式的な要素を
持っています。
舞人が鉾を振る演目で、
鉾を持っています。
振鉾は三節に分かれており、
最初は、左方の舞人が舞う一節です。
左方の舞人の装束は、赤系統となってます。
次は、振鉾(えんぶ)の二節です。
右方の舞人が舞います。
左方の舞人の装束は、赤系統でしたが、
右方の舞人の装束は、緑青系統です。
振鉾(えんぶ)の二節です。
振鉾(えんぶ)の二節。
次は、振鉾(えんぶ)の三節です。
三節は、左方、右方、
両方の舞人が舞います。
振鉾(えんぶ)の三節です。
合わせ鉾とも呼ばれます。
振鉾(えんぶ)の三節。
振鉾(えんぶ)の三節。
振鉾(えんぶ)の三節。
次は、左舞の萬歳楽(まんざいらく)です。
左舞なので、祓殿の左隅に舞人が控えているのが見えます。
舞楽で用いられる楽器は、
管楽器と打楽器です。
管弦楽で使用される弦楽器は
使用されません。
これは、笙と言う管楽器です。
萬歳楽(まんざいらく)が始まりました。
一人目の舞人の登場です。
そして、二人目です。
三人目です。
四人目です。
萬歳楽(まんざいらく)は、
四人で舞う平舞です。
中国、唐の国では、
賢王の御代には鳳凰が飛来し
「賢王萬歳」とさえずるといわれ、
この声を楽に、その姿を舞に振り付けた
と伝えられています。
襲装束(かさねしょうぞく)は、
袍(ほう)に片方の腕を通さない
片肩袒(かたかたぬぎ)で着用します。
萬歳楽(まんざいらく)です。
萬歳楽(まんざいらく)。
鳳凰が羽を広げているようにも見えます。
頭には、鳳凰をかたどった
鳥兜をかぶっています。
この萬歳楽(まんざいらく)は、左方の舞で、
この後に舞われる左方の舞、
舞姿が良く似た延喜楽と一対で
舞われる事になります。
このように舞姿が良く似た
左方、右方の演目同士を一対とし、
交互に舞う舞を、番舞(つがいまい)と
言います。
萬歳楽(まんざいらく)。
萬歳楽(まんざいらく)。
次は右方の舞の延喜楽が始まります。
その前に舞楽の奏者は、左方から右方へ
移動します。
右方へ移動し演奏を始める奏者達。
右側の大きな太鼓は、釣太鼓です。
中央よりの小さな打楽器は、鉦鼓です。
雅楽の中で、唯一の金属製の楽器です。
右方の舞、右舞の延喜楽が始まりました。
この延喜楽は、先ほどの萬歳楽の番舞です。
そして、
前の舞に対して、後の舞を答舞と言い、
延喜楽は、萬歳楽の答舞に当たります。
延喜楽は、延喜8年(908年)に、
藤原忠房が曲を作り、
式部卿敦実親王が舞を振付し、
年号の延喜を曲名にしたと
伝えられています。
よって、延喜楽は、
中国や朝鮮から伝来した曲ではなく、
日本で作られた数少ない曲と
言う事です。
延喜楽は、先に舞った萬歳楽と同様に、
四人で舞う平舞です。
舞の雰囲気も、萬歳楽とよく似ています。
延喜楽です。
延喜楽は、右舞で、装束は、緑青系統です。
襲装束(かさねしょうぞく)は、
袍(ほう)に右袖を脱ぐ
片肩袒(かたかたぬぎ)で着用します。
頭には、鳳凰をかたどった
鳥兜をかぶっています。
延喜楽です。
延喜楽。
延喜楽。
延喜楽が終わると、
桃の花を御祭神へ献花する
桃季花が始まります。
提灯の明りに導かれながら
宮司さんが入ってこられました。
今回は雨の為、
祓殿が舞楽の舞台になってますが、
その舞台の横に飾られた桃花を、
本殿の御祭神お供えします。
舞台横の桃花を宮司さんが
下ろしているところ。
そして、桃花を持って、本殿へ向かいます。
提灯で足元を照らします。
祓殿を出て、拝殿を通り、本殿へ向かいます。
本殿、御祭神へ桃花の献花が終わり、
帰って来られるところ。
祓殿を戻る宮司さん達です。
桃季花が終わり、次は一曲です。
一曲が始まりました。
左方と右方から楽器を持った舞人が
一人づつ出て同時に舞います。
行列を作って歩く時に舞ったものが、
舞楽になったと言われています。
一曲です。
左方の装束は赤系統、
右方の装束は緑青系統です。
一曲。
左方の舞人と、右方の舞人の位置が
入れ替わりました。
手前が右方の舞人。
右方の舞人は、
首から懸紐で吊った壱鼓を左手に持ち、
右手に持った桴(ばち)で曲の各拍子ごとに
打ちます。
一曲。
一曲。
一曲。
一曲。
一曲。
一曲。
一曲。
一曲。
左方の舞人は、
鶏婁鼓(けいろうこ)を首から吊り
右手に桴(ばち)を持ち、
左手に振鼓(ふりづつみ)を持って
高くかかげ、
拍子に合わせて打ち鳴らします。
一曲。
一曲が終わり、
左方と右方の舞人が並んで退場します。
次は右方の舞の蘇利古(そりこ)です。
右方へ舞人が控えているのが見えます。
蘇利古(そりこ)が始まりました。
蘇利古(そりこ)は、
朝鮮半島伝来の右方の舞です。
朝鮮において、酒を造る際、
竈と井戸を清める風習がありました。
その姿を舞にしたもので、
竈祭舞(かまどまつりのまい)とも
呼ばれてます。
顔には長方形の紙に
人面の抽象図を描いた雑面をつけ、
手には白楚(ずばえ・ずわい)と言う
棒を持って舞います。
右方より、舞人が四人、
ひとり、ひとり登場してきます。
四人で舞う平舞です。
蘇利古(そりこ)です。
蘇利古(そりこ)。
蘇利古(そりこ)の雑面は、
宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」に
出てくる春日様と言うキャラクターの
モデルになってます。
蘇利古(そりこ)。
蘇利古(そりこ)。
蘇利古(そりこ)。
蘇利古(そりこ)。
蘇利古(そりこ)。
蘇利古(そりこ)。
蘇利古(そりこ)。
蘇利古(そりこ)。
舞が終わり、ひとりずつ、退出します。
次は、左方の舞の散手(さんじゅ)です。
舞人が左方に控えています。
散手(さんじゅ)が始まりました。
散手(さんじゅ)は、
釈迦の誕生時に作られたとされ、
勇壮な武将の姿を表し、地を鎮める舞である
と言われています。
鉾を持って舞う代表的な武舞のひとつです。
散手(さんじゅ)。
鉾を置きました。
散手(さんじゅ)。
散手(さんじゅ)。
散手(さんじゅ)。
散手(さんじゅ)。
散手(さんじゅ)。
散手(さんじゅ)。
頭には、竜甲をかぶり、
武将の面をつけて舞います。
散手(さんじゅ)。
散手(さんじゅ)。
散手(さんじゅ)。
そして、再び鉾を持って舞います。
散手(さんじゅ)。
散手(さんじゅ)。
散手(さんじゅ)。
散手(さんじゅ)。
散手(さんじゅ)。
散手(さんじゅ)。
散手(さんじゅ)。
散手(さんじゅ)。
散手(さんじゅ)。
散手(さんじゅ)。
散手(さんじゅ)。
舞を終え退出します。
舞人が左方へ帰ったところ。
次は右方の舞、右舞の貴徳(きとく)です。
舞人が右方から登場です。
貴徳(きとく)は、漢の時代、帝王に降伏して
貴徳侯と名乗った勇将がおり、
その勇姿を模した舞と言われています。
先に行われた散手(さんじゅ)との
番舞(つがいまい)であり、
また、その答舞です。
貴徳(きとく)も、散手(さんじゅ)と同様に
鉾を持って舞います。
鉾を置きました。
頭には鸚鵡を色鮮やかにかたどった
装飾の甲をかぶり、
顔には眉毛と口髭に白い毛皮を貼り、
口を堅く結んだ面をつけています。
貴徳(きとく)です。
貴徳(きとく)。
貴徳(きとく)。
貴徳(きとく)。
貴徳(きとく)。
貴徳(きとく)。
貴徳(きとく)。
貴徳(きとく)。
貴徳(きとく)。
貴徳(きとく)。
貴徳(きとく)。
貴徳(きとく)。
貴徳(きとく)。
貴徳(きとく)。
再び鉾を持ちます。
貴徳(きとく)。
貴徳(きとく)。
貴徳(きとく)。
そして、鉾を置きます。
舞人の顔です。
舞人の足元です。
舞楽の時に履く履物は、
絲鞋(しかい)と言う楊です。
底は、牛革とか鹿革とか、革でできていて、
脇の部分は、全て絹糸の手編み
と言う事です。
貴徳(きとく)。
そして、また鉾を持って舞います。
貴徳(きとく)。
貴徳(きとく)。
左方で次の演目の
蘭陵王
の準備が進められてます。
貴徳が終わり、蘭陵王が始まります。
左方より入り、前に進みます。
約1400年前の中国、
北斎の蘭陵王、長恭は、
あまりにも美しい容姿をそなえていました。
しかし、美しい容姿が禍し、
戦時、自軍の士気が上がらない為、
恐ろしい形相の面をつけて指揮を執り、
周の大軍との戦いに勝利しました。
蘭陵王です。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
祓殿の横から写真撮影をしていましたが、
大鳥居をバックに見れる位置から
撮影をしたくなりました。
そして、場所を移動してみました。
人でいっぱいです。
人の頭も入りましたが、
大鳥居をバックに見る事ができます。
なるべく人が入らないように
頑張ってみます。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
蘭陵王。
舞が終わり、舞人が退出します。
蘭陵王。
左方へ舞人が帰って行きます。
次は右方の舞の納曽利(なそり)です。
納曽利(なそり)は、先に行われた蘭陵王と
番舞(つがいまい)であり、その答舞です。
二人目の舞人が、
一人目に続いて入ってきました。
納曽利(なそり)は、
「双龍舞(そうりゅうのまい)」とも呼ばれ、
二人で舞う二人舞です。
納曽利(なそり)です。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)は、
雌雄の龍が遊び戯れる様子を
舞にしたものです。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
納曽利(なそり)。
舞が終わり、退出します。
長慶子(ちょうけいし)が始まりました。
長慶子は、舞楽の演目の締めくくりに
演奏される曲で、舞はありません。
長慶子(ちょうけいし)の演奏です。
長慶子(ちょうけいし)の演奏です。
長慶子(ちょうけいし)が終わりました。
祓殿の前に回って本殿方向を見たところ。
桃花祭が始まる前に降り出した雨も
あがりました。
濡れた高舞台を見たところ。
高舞台横から、狛犬、その向こうに客神社、
更に向こうに五重塔を見たところ。
平舞台から火焼前(ひたさき)、
その向こうの大鳥居を見たところ。
平舞台から多宝塔方向を見たところ。
正面には、鏡の間(能楽屋)があり、
電気がついています。
明日の御神能の奉納の
準備なのかもしれません。
平舞台から火焼前(ひたさき)、
その向こうの大鳥居を見たところ。
平舞台から火焼前(ひたさき)、
その向こうの大鳥居を見たところ。
本社拝殿の中に
釣太鼓(中央)、鉦鼓(右端)が
置かれています。
東廻廊から、枡形越しに東廻廊、
更にその向こうに五重塔を見たところ。
東廻廊から、枡形越しに
高舞台方向を見たところ。
右端に、幕が張られた右楽坊が見えます。
客神社拝殿前から、
その奥の本殿を見たところ。
明りが灯っています。
神社入口付近から
高舞台方向を見たところ。
海岸に沿った参道を
フェリーの桟橋へ急ぎながら
大鳥居を見たところ。
ライトアップされた大鳥居です。
■参考
・2016年の菊花祭の紹介は、
ココ
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