明石海峡大橋、子午線、明石城: 05Dec2025


12月2日から3泊4日で、神戸、明石を周って来ました。
初日は、広島から神戸へ移動し、 生田神社、布引の滝、 北野の異人館 を訪ねました。
二日目は、 東遊園地、神戸花時計、神戸税関、旧居留地、メリケンパーク、ハーバーランド
その後、 南京町へ、そして、摩耶山掬星台の夜景 を楽しみました。
三日目は、 兵庫運河、兵庫大佛、湊川神社、荒田八幡宮、祇園神社、等 を周りました。

そして、最終日は、明石海峡大橋、子午線、明石城を周りました。


●明石海峡大橋

JR三ノ宮駅から、山陽本線に乗って、JR舞子駅で下ります。
JR舞子駅の南口を出たところにあった周辺案内図です。






















JR舞子駅の南口を出て、
歩行者デッキの上から南を見ると
明石海峡大橋が見えます。










JR山陽本線と並行して走る国道2号線を南へ渡る
歩道橋の上から、すぐ横、上を走る
明石海峡大橋を見たところ。















国道2号線を南に渡り、
明石海峡大橋の西側、下を歩きます。
















明石海峡大橋の東側へ出ると、
芝生の公園が広がっています。

舞子公園です。
明治33年(1900)に
兵庫県立都市公園として開園しています。












公園内を海岸に近づいて行くと、
巨大なモニュメントがあります。

 夢レンズ 牛尾啓三 制作 2003年設置

この夢レンズは、
半世紀の技術の結晶として完成した
明石海峡大橋の生みの親、
原口忠次郎博士(第12代神戸市長)の偉業を称え、
明石海峡大橋架橋5周年(2003年)に、記念の碑が
建立されました。


夢レンズです。

三重の異なった岩肌によるメビウスの輪は、
人、自然、科学を、
そして、明石海峡大橋が結んだ
本州、淡路、四国を表しています。







海岸から明石海峡大橋を見たところ。

対岸は、淡路島です。










海岸を東へ進みながら、
明石海峡大橋を見たところ。










海岸を東へ進んで行くとあった舞子公園のマップです。

























ホテルセトレ神戸・舞子の西側の海岸から、
明石海峡大橋を見たところ。

明石海峡大橋は、
神戸市と淡路島の間の明石海峡に架かる
橋長3,911m、中央支間長1,991mの
平成10年(1998)に竣工した
世界最大級の吊り橋です。
(2025年時点、中央支間長距離、世界第2位)




明石海峡大橋の付け根には、
2本のメインケーブルを固定する為に
大地に打ち込まれた巨大なコンクリートの塊、
アンカレイジが見えます。









明石海峡大橋が本州と結ぶ淡路島を
見たところ。











小舟が、明石海峡大橋の方に向かっています。












その小舟が、
明石海峡大橋の下を抜けて行きます。











明石海峡大橋を渡り終えた先、山側を
見たところ。

高層ビルは、ティオ舞子です。









海岸を、明石海峡大橋の方に向け戻ります。

中央、左よりに見えるアンカレイジは、
メインケーブル1本あたり
6万tの張力を受け止める
コンクリートの躯体は、
長さ84.5m、幅63m、高さ48mで、
地下連続壁として64mまで掘り下げられ、
その総重量は約35万tあります。




現在の舞子公園は、かつては、舞子浜と呼ばれる浜があり、
砂浜が強い風や波で削られ、
松の根っこが地上に現れた「根上りの松」が多く見られました。

舞子公園では、盛り土に松を植樹し、
その「根上りの松」を再生しようと、
2005年からプロジェクトを開始し、取り組んでいます。











海岸に沿って、明石海峡大橋の方に戻ります。

海岸の先に見える建物は、孫文記念館です。

孫文記念館は、大正初期に
中国人実業家、呉錦堂が建てた別荘を
移転復元したものです。
大正2年(1913)に中国の革命家、
孫文が準国賓として来日し、神戸に来た時、
歓迎会を開いたゆかりのある建物です。



舞子公園の中には、
明治天皇歌碑が建ってます。

明治天皇は、舞子浜をことのほか愛され、
7回にわたり行幸されています。

そして、舞子の風景を追憶して詠まれた
歌、三首が刻まれています。





明治天皇歌碑です。

 はりまがた 舞子の浜の はま松の
   かけに遊びし 春をしぞ思う

 はりまがた 舞子の浜に 旅寝して
   見し夜こひしき 月の影かな

 あしたつの 舞子の浜の 松原は
   千代をやしなう 処なりけり



右は明石海峡大橋で、
左の正八角形で三階建ての建物は、
孫文記念館です。










明石海峡大橋です。












明石海峡大橋の下へ行ってみます。












明石海峡大橋の下から、橋を見上げます。












明石海峡大橋を下から見上げたところ。

















明石海峡大橋のアンカレイジの前面には、
海面からの高さ約47m、
陸地から約150m明石海峡へ突き出した
延長約317mの遊歩道「舞子海上プロムナード」が
あります。

「舞子海上プロムナード」の入口です。





その入口を入ると、エントランスロビーがあります。
そこへ、明石海峡大橋の主要スペックの紹介があります。
























エントランスロビーから、エレベーターで、
「舞子海上プロムナード」へ上がります。

プロムナードは、フランス語で、
遊歩道です。

エレベーターを降りると、展望ラウンジに向け、
東側を回る遊歩道と、西側を回る遊歩道に
分かれています。

東側を回る遊歩道を通って、
展望ラウンジに向かいます。

東側の眺めです。

眼下に、芝生が広がる舞子公園が見え、
海岸よりに孫文記念館が見えます。









遊歩道を進んで行くと、
正面に展望ラウンジが見えます。

橋を通る自動車道のすぐ下に、
展望ラウンジがあり、
展望ラウンジの下には、
明石海峡の海が見えます。






展望ラウンジから、舞子公園を見たところ。












展望ラウンジから、淡路島側を見ると、
更に淡路島側へ続いている遊歩道が見えます。

その遊歩道の下に見える道路は、
橋の維持管理(橋桁の点検や補修作業)を
目的とした管理路です。

更に下には、明石海峡の海が見えます。





展望ラウンジから伸びる遊歩道です。

突き当りを左に行けば、東回り、
右に行けば、西回りで繋がってます。









突き当りを左に曲がり、東回りで進みます。

突き当りを左に曲がると、
遊歩道の路面がアクリルガラスになっており、
中央に丸木橋が渡されています。

アクリルガラスの路面からは、
約47m下の海面を見る事ができます。










遊歩道を進みながら、
東側の景色、舞子公園を見たところ。











遊歩道の南端、東側です。

遊歩道の上を、自動車道が走り、
自動車道の下を、管理路が走っているのが見えます。














遊歩道の南端、東から西へ歩きながら、
淡路島方向を見たところ。

上は、自動車道の裏面で、
下を管理路が走っています。








遊歩道の南端、西側です。












明石海峡を西へ向かう船が見えます。

海上自衛隊の掃海艇のようです。










自動車道の下の管理路を
黄色い自動車が走ってます。











遊歩道から見た
明石海峡大橋の西側の景色です。











少しズームUPして、
明石海峡大橋の西側の景色を見たところ。

中央に見える高層ビルは、
JR明石駅の南側に建つ
ブラウドタワー明石です。

右よりに
明石市立天文科学館の白い展望塔が見えます。




明石の海岸線に沿って、
視線を動かします。











展望ラウンジへ入って、
瀬戸内海の真ん中、西を見たところ。

海上には、薄っすらと
男鹿島をはじめ、家島諸島が見えます。








展望ラウンジから、
明石の海岸線を眺めたところ。











西へ伸びる明石の海岸です。

手前に、船が見えます。
底引き網漁船のようです。









明石市立天文科学館も見えます。












明石市立天文科学館です。












明石海峡大橋の袂、西側には、
「橋の科学館」が見えます。











その「橋の科学館」の北西海岸沿いに
明石藩舞子台場跡が見えます。











「舞子海上プロムナード」を出て
明石海峡大橋の真下から、
橋を見上げたところ。










明石海峡大橋を、西側から見たところ。

明石海峡大橋と書かれた石碑が建ってます。










明石海峡大橋を、西側から見たところ。












海岸から西側、明石市立天文科学館を
見たところ。











巨大なアンカレイジを見たところ。












そのアンカレイジの西側、横に
「橋の科学館」があります。

「橋の科学館」は、明石海峡大橋を主体に
本州四国連絡橋に使われた
世界最高水準の架橋技術を一堂に集め、
人々の知的向上心を高める学習の場として、
また、架橋技術の広報の場として設置された
サイエンスミュージアムです。

「橋の科学館」の前には、
実物大のメインケーブルを模した
ベンチがあります。

参考までに、橋に使用されているメインケーブルの直径は、1.12mで長さは全体で4,070mあります。

「橋の科学館」の館内です。

ショーケースの中は、
明石海峡大橋の1/1000模型です。

館内は、パネルや模型、
映像を駆使した技術紹介がされています。






「橋の科学館」の外にあった
明石海峡大橋のメインケーブルの展示です。

・素線(高強度銅線)の直径:5.23mm
・ストランドの素線数:127本
・ケーブルのストランド数:290本
・ケーブルの素線数:127x290=36,830本
・ケーブルの直径:1.12m





「橋の科学館」を見た後は、
明石藩舞子台場跡へ行ってみます。











明石藩舞子台場跡です。












明石藩舞子台場跡の
天端の石敷きの説明です。





























JR舞子駅を見たところ。

その奥のビルは、ティオ舞子です。

次は、山陽電鉄の舞子公園駅から人丸前駅へ、
明石を通る東経135度子午線標識を
見に行きます。







●東経135度子午線標識

山陽電鉄の舞子公園駅です。












舞子公園駅のホームでしばらく待つと、
電車がやって来ました。











姫路行きの普通電車です。
この電車で人丸前駅へ向かいます。











山陽電鉄の人丸前駅へ到着です。

向いの線路は、山陽電鉄と並行して走る
JRの山陽本線です。

そして、人丸山には、
明石市立天文科学館が見えます。






そして、人丸前駅のプラットホーム上には、
東経135度の子午線が通っており、
そのラインが表示されています。

プラットフォーム上の子午線ラインは、
平成3年(1991)の山陽電鉄の高架に伴って引かれています。

そのラインは、
明石市立天文科学館の展望塔(その裏の「トンボの標識」)と
一直線上に並んでいます。

日本標準時は、東経135度子午線の時を以って
制定されています。





人丸前駅のプラットホームから見た
明石市立天文科学館です。











山陽電鉄の人丸前駅を出て、
人丸前駅をふり返って見たところ。

人丸前駅は、大正6年(1917)に
兵庫電気軌道の路線延伸に伴い開業した駅です。

人丸とは、万葉の歌人、柿本人麻呂を指し、
人丸山の柿本神社に祭神として祀られています。
その柿本神社の前にある駅と言う事で
人丸前駅になったようです。



この辺りには、東経135度子午線を示す標識が
いくつか有り、町中を回ってみます。

人丸前駅から南へ進んで行くと、
国道2号線と交わる人丸前交差点があります。

その北西角に、あった道標です。
西面「左人丸山三丁」、
北面「萬延元年庚申建之」(万延元年(1860)建立)と
あります。








その人丸前交差点を西へ少し進んだ歩道脇に
「東経135度日本標準時子午線」の白い標柱が建ってます。

この標柱は、昭和8年(1933)に建てられています。














その標柱の北側に位置する明石子午線郵便局の駐車場に
標柱から続く黄線が引かれ、
その黄線の横に東経135度子午線とあります。















その黄線は、
明石子午線郵便局の建物の横まで続いています。
















明石子午線郵便局の横、国道2号線の歩道脇に
明石市立天文科学館の標識が建ってます。
















人丸前交差点まで戻り、
国道2号線を南へ渡って、南へ進んで行くと、
大蔵交番があります。

その大蔵交番の横に、
日本標準時子午線通過地の標柱があります。







その標柱と、大蔵交番を見たところ。

大蔵交番は、天文台をモチーフとした
ドーム状の屋根が付いてます。









明治17年(1884)にワシントンにおける
万国子午線会議で世界の標準時の取り決めが
行われました。

日本では、その取り決めに基づき、
明治21年(1888)から東経135度子午線上の時刻を
日本標準時として制定しています。

この標柱は、明治43年(1910)に
明石郡小学校の先生方によって設置されたもので、
「大日本中央標準時子午線通過地 識標」と
彫られています。

大蔵交番から、西へ西国街道が通っており、 西へ進んで行くと、
神戸地方検察庁明石支部・明石区検察庁があります。

その検察庁の建物の壁際に、
135° 子午線と記載された赤色の縁がついた標識があります。













大蔵交番へ戻り、大蔵交番から南へ進むと
左手に料亭旅館 人丸花壇の大きな駐車場があります。

この駐車場の中に黄色の一本の線が引かれています。

この線も、東経135度子午線と言う事です。












更に南へ進んで行くと、大蔵海岸公園があります。

公園の西側入口には、
東経135度子午線モニュメントがあります。

 刻  山本石材店 作  1989年 制作












また、大蔵海岸公園の中には、
明石市立天文科学館の北側にある
日本標準時子午線標示柱(通称、「トンボの標識」)の
レプリカがあります。














大蔵海岸公園の海岸へ出て、
明石海峡大橋を見たところ。











明石海峡大橋の北側の袂、
海岸線を見たところ。











白い帆のような屋根は、
大蔵海岸公園の西休憩所です。











海岸から、明石海峡大橋を見たところ。












大蔵海岸公園の西休憩所です。












大蔵海岸公園の磯浜です。

磯浜は、大小の自然石や玉砂利を敷き並べた
人口の干潟、磯場です。









磯浜や、西休憩所から離れながら、
西休憩所をふり返って見たところ。















大蔵海岸公園の出口にあった案内図です。


















大蔵海岸公園を出て、山陽電鉄の人丸前駅まで戻り、
次は、山陽電鉄とJRの高架線路の下をくぐって、
北へ進みます。

北へ進んで行くと、明石市立天文科学館が見えてきます。













明石市立天文科学館です。

訪問した時は、
リニューアル工事の為、
全館休館中でした。








明石市立天文科学館です。












リニューアル工事中の明石市立天文科学館を
横目に見ながら、人丸山を上って行きます。











明石市立天文科学館の入口の横を過ぎると、
人丸山 柿本神社の標柱が建っており、
急な階段があります。

その階段を上ります。













階段を上る途中にある東鳥居の横に、
子供達と、その頭上に
東経135度子午線が引かれた地球の像があります。

そのタイトルは、「時のふるさと」です。













急な階段を上ると、左手に
ちょっとした展望台があり、
目の前に明石市立天文科学館があります。















その展望台からの景色です。

右は、明石市立天文科学館の
プラネタリウムドームの屋根です。

遠くには明石海峡に架かる
明石海峡大橋が見えます。






展望台には、
昭和30年(1955)に寄贈された
水平日時計があります。










水平日時計の横には、
芭蕉句碑があります。

 蛸壺や はかなき夢を 夏の月
       松尾芭蕉(1644-94)








展望台です。












芭蕉句碑と道を挟んで反対側、北側には、
柿本神社があります。

山門をくぐり、北にのびる参道の先に
本殿が見えます。

柿本神社は、元和6年(1620)当時、
明石城主だった小笠原忠正が
柿本人麻呂を歌聖として崇敬し、
この地に祀ったのが始まりです。



芭蕉句碑の西側には、
東経135度日本標準時子午線の標示柱があります。

この標示柱の上には、
「あきつ」の古名を持つトンボが
「あきつ島」(日本)の象徴として乗っています。

そのトンボにちなんで、トンボの標識とも呼ばれています。

このトンボの標識のレプリカが、大蔵海岸公園にあります。








トンボの標識を過ぎて、
西へ進んで行くと、右手に
人麿山 月照寺があります。










人麿山 月照寺の本堂です。

弘仁2年(811)に弘法大師 空海が、
赤松山(現在の明石城址)に
湖南山 餘鵜 楊柳寺を創建します。
仁和3年(887)に楊柳寺 覚証和尚は、
大和の柿本山 広安寺より、
人麿念持仏の船乗十一面観世音を勧請し、
奥の院へ奉祀し、寺号を月照寺と改めます。
天正2年(1574)に真言宗から曹洞宗に改宗します。
元和7年(1621)には明石築城があり、城地となった為、
翌年、現在地に人丸社と月照寺の新殿が竣工します。
そして、明治4年(1871)の神仏分離令により、
人丸社は月照寺と分離し、柿本神社となっています。

月照寺の前を西へ、そして、
亀の水に向けて南へ人丸山を下って行くと、
柿本神社の西鳥居があります。










その西鳥居の横、手前に
人丸山から湧き出る霊水、
播磨三名水の一つの「亀の水」が
湧き出ています。









「亀の水」です。

水を受ける手水鉢の横には、
常陸国(茨木県)の飯塚宣政の銘があり、
享保4年(1719)に寄進されたものです。








「亀の水」です。

水を吐く桶水口は、
体は甲羅を背負い、龍の頭を持つ
「贔屭(ひき)」と言う
中国の伝説上の神獣のようです。








●明石城址

「亀の水」から、南へ進んで行くと、
JRの線路に突き当り、
JRの線路に沿って西へ向かいます。

進んで行くと、
明石城を中心につくられた
兵庫県立明石公園があります。

公園の南側は、お城の堀(旧内堀)で
囲われています。



南東の角から、お城の堀(旧内堀)を見たところ。

右側に堀を渡る土橋が架かってます。

明石城は、元和5年(1619)に、
初代明石藩主 小笠原忠政(後に忠真に改名)が、
外様大名が多い西国の備えとして、
徳川秀忠の命で築城しました。

小笠原忠政(後に忠真に改名)は、
織田信長、徳川家康の曾孫にあたります。


その土橋を渡って、
明石公園に入ります。

明石公園の入口にあった
明石公園のマップです。

このマップは、
下が東、左が南、上が西、
右が北です。











公園に入って行くと、右手に
東芝生広場が広がってます。

その向こう石垣の上に、
本丸の南東隅に築かれた巽櫓、
天守台のすぐ南に築かれた
坤櫓(ひつじさるやぐら)が見えます。






進んで行くと、
乙女池と富士見池を結ぶ川があり、
橋が架かっています。










その橋を渡って、公園内を西へ向かいます。












南正面の入口、太鼓門から入って来た道へ
出ます。

訪問時は、
園路の舗装工事が行われていましたが、
中央辺りに、太鼓門がありました。







南正面の入口、太鼓門から入って来た道へ出て、
北を見たところ。

中央は、本丸の南東隅に築かれた巽櫓です。









北へ進んで行くと、右手に
「武蔵の庭園」があります。

元々、宮本武蔵が作庭した樹木屋敷は、
お城の西側、山里曲輪にありましたが、
現在は陸上競技場になってます。
よって、現在の「武蔵の庭園」は、
お城の南東のエリアに、
当時の樹木屋敷にあった庭や御茶屋が
新たにつくられています。



「武蔵の庭園」の入口の前から、
正面の石垣の上、
右側に巽櫓、左側に坤櫓を見たところ。










北へ進んで行くと、日時計があります。

そして、その向こう、石垣の上は、巽櫓です。










日時計です。

時刻を示す為に影を落とす
ノーモン(gnomon)の付け根には、
兜がデザインされています。








日時計のある場所から、
園路は、東と西の二手に分かれており、
西へ進みます。

お城の石垣に沿って西へ進みながら、
坤櫓を見上げたところ。












お城の石垣に沿って、西へ進みます。

石垣の反対側には、西芝生広場が広がり、
その脇に、「これは」と題した石碑が建ってます。

 これは いつかあったこと。
 これは いつかあること。

 だから よく記憶すること。
 だから 繰り返し記憶すること。

 このさき
 わたしたちが生きのびるために。

これは、安水稔和氏によって詠まれた詩で、
阪神・淡路大震災で失われた命を悼み、今を生きる人たちに記憶をつなぐ慰霊碑として、
ジャイアント馬場さんの尽力で、全日本プロレスによって寄贈されたものです。

西へ進みながら、坤櫓を見上げたところ。

















坤櫓を過ぎると、
坤櫓の下を上る道があります。











坤櫓の下の坂道を上って行きます。

















坂道を上りながら、
本丸の南西隅にある坤櫓を見上げたところ。











道はコの字に折れ曲がり、
虎口になっていたようです。

その折れ曲がった道を上がりながら、
坤櫓を見上げたところ。








上って行くと、
本丸の下に位置する稲荷曲輪に出ます。

稲荷曲輪から、坤櫓を見たところ。









稲荷曲輪です。

大きな木の向こう側には、
稲荷曲輪の南西隅に位置する
正ノ櫓跡が見えます。








右手に本丸の石垣を見ながら、
稲荷曲輪の中を、北へ進みます。

ザクロの木がありました。
枝にはザクロの実がなってます。













稲荷曲輪の中を、北へ進んで行くと
万ノ門跡があります。

手前を右、東へ進むと本丸です。









本丸へ向かいながら、
万ノ門跡をふり返って見たところ。











万ノ門跡から東へ進むと、
本丸への見ノ門跡があります。











見ノ門跡を入ると、本丸です。












本丸へ入って行くと、
明石公園のマップがあります。

このマップは、
左が南、上が西、右が北、下が東です。
















本丸の南西隅に位置する
坤櫓(ひつじさるやぐら)です。

現存する三重櫓は、
全国に12基しか存在しませんが、
その内の一つです。
坤は方位を表しており、南西を示しています。

その右に見える石垣は、天守台です。




坤櫓の北に位置する天守台の石垣です。












天守台の上面です。

天守は建てられなかった為、何もありません。

天守台の向こうには、坤櫓が見えます。








天守台から南西を見たところ。

天守台の下に、稲荷曲輪が見えます。
その向こう、中央辺りに
明石トーカロ球場が見えます。

トーカロとは、各種表面処理の会社です。






天守台の上、南西から、南へ視線を移して行くと、
右に明石トーカロ球場の外野、
そして、スコアボードが見えます。

左は、坤櫓です。








天守台の上から、南東を見ると、
プラウドタワー明石が見えます。











本丸です。

北西隅には、乾櫓跡の石垣が見えます。










本丸の中を東へ向かいます。

右端は、巽櫓です。

その左側、中央に、
二ノ丸跡と連絡する番ノ門跡が見えます。







本丸を東へ向け進んで行く途中、右手に
展望台があります。

展望台の東側に位置する巽櫓を見たところ。

巽櫓も坤櫓と同様に、
全国に12基現存する三重櫓の内の一つです。

そして、巽櫓の向こう、遠くに
明石海峡大橋が見えます。



展望台から南の景色を見たところ。

中央、左よりに明石駅が見えます。

左端は、プラウドタワー明石です。








展望台から、西、少し南よりを見たところ。

右端は、坤櫓です。

中央、下辺りに、明石トーカロ球場が見えます。








本丸とニノ丸の間は、
大地が削り取られ大堀切になっており、
本丸と二の丸は土橋でつながってます。

本丸の番ノ門跡を出て、
その土橋を渡り、二ノ丸へ向かいます。

土橋を渡りながら、北側の大堀切を見たところ。

右側は二の丸で、
二ノ丸の北西隅の櫓の石垣が見えます。


本丸から、土橋を渡って、二の丸へ移動し、
少し進むと、右手に大ノ門跡があります。











大ノ門跡を出て、階段を下ります。












階段を下って行きながら、
石垣の向こうに巽櫓を見たところ。











二の丸の石垣と、
二ノ丸から下って来た階段を見たところ。











二ノ丸の東に隣接して
東ノ丸の石垣が東へ延びています。











階段を西へ向けて下り、
西へ向けて進みます。

本丸の南東隅に位置する
巽櫓を見上げたところ。

その反対側、本丸の石垣の西側に建つ
坤櫓も見えます。





日時計まで戻って来ました。












その日時計から、まっすぐ南へ進み、
太鼓門跡を抜けると、堀(旧内堀)があります。

現在は土橋になってますが、
当時は太鼓門橋と呼ばれる
木橋が架かっていたようです。







土橋を渡った左手に、
大洋漁業(株)の創業者、中部幾次郎翁(1866-1928)の
銅像が建ってます。
















●明石焼き(玉子焼き)

明石城址の後は、明石焼きを食べに行きます。

JR山陽本線、山陽電鉄の高架の下を南へ、
国道2号線を越えて進むと、
東西に走る魚の棚商店街があります。








魚の棚商店街へ入り、
アーケードの下を東へ進みます。
















魚の棚商店街です。

アーケードの下は、大漁旗がひらめき、賑やかです。















魚の棚商店街は、
明石銀座通りに出るまで続いていました。

その明石銀座通りを、南へ進んで行くと、
西国街道へ出て、その交差点の南東の角に
「玉子焼 本家 きむらや」の看板を
見つけましたので、入って見る事にします。






「玉子焼 本家 きむらや」です。

写真に写ってませんが、
歩道の車道寄りに椅子が並べられ、
順番待ちのお客が並んでました。








順番が来て、お店の中は
お客さんでいっぱいです。

玉子焼 1人前を注文しました。

出てきた玉子焼です。
1人前は20ヶあります。

元々、地元では、玉子焼と呼んでましたが、
明石をPRする為に、
明石焼きと呼ぶようになったと言う事です。

そして、全国レベルで有名なタコ焼きは、
明石焼きがルーツと言う事です。

そして、食べ方は、たこ焼きは、ソースで食べますが、
明石焼きは、出汁につけて食べるのが、大きな違いです。

玉子焼きを食べ終わった後は、
明石銀座通りを南へ、明石港へ行ってみます。











道路の反対、西側へ渡って、明石港を見たところ。













●姫路、そして、帰広

明石焼きを食べたら、山陽明石駅から
山陽電鉄で山陽姫路駅まで行って、
山陽新幹線に乗り換えて、広島へ帰ります。

山陽電鉄の山陽姫路駅から、
JR姫路駅まで歩く途中、
JR姫路駅前広場のモニュメントを通して、
姫路城を見たところ。





姫路城を見たところ。













山陽新幹線へ乗って、広島まで帰りました。




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